2007年 11月 22日
家族ってなあに?の巻 |
ある日
テレビをつけるとアフリカの草原が写っていました。
土埃の舞う中で若者が家畜を追っている姿に、なんと世界は
広いものよ、昔ながらの営みが今も何処かで続いているのだねえ…と、
つらつら、ぼんやり見ていました。が、しかし、その青年が
ポケットから携帯らしき物を取り出したのを見てびっくり仰天!
ソファから身を起こし、画面に近付いて確認したかったけれど、
場面は既に変わってしまい未確認です。アレは何か他の物だった
のかも知れない。携帯のような形をした草原生活の必需品だったの
かも知れない。きっと、そうだ!と思う一方で、そんな事(=アフリカ
大草原だからこそ携帯)も大いにあり得ると思ったのです。そして、
かつて瞬く間にコカ・コーラとハンバーガーが広まったように
携帯電話は今や世界中の常識という事なのだ、と思い至ったのでした。
ここで、白状しますが…
私達夫婦は携帯電話を持っていません。
(何故か悪い事をしているみたいに俯いてしまう。)
今迄ずっと携帯無しで暮して来ましたし、これからも多分
持たないまま人生終わらせてしまいそうです。
本日迄の所、それで何とかなっています。
私はもちろん、タカシさんも在宅で仕事をする事が多いし、
デンマークに家族がいるわけでもないし、友人知人への必要連絡は
大旨E-mailでOK.です。
たまに必要に迫られて娘のお下がりを持たされた時は、ポケットに
入っていると思っただけで、緊張してしまい、ただでも性能の悪い
脳ミソがちゃんと働かなくなってしまうような気がする、
とてもアナログ夫婦です。
そんな、我が家にデジタルの波が押し寄せて来ました。
いえね、テレビのお話です。
テレビと言ったところで、もともとデンマーク放送(2局)とスウェーデン
放送(2局)の計4局しか受信出来なかったのですが、それでもう充分。
特にスウェーデン放送は、頻繁にヨーロッパの名画を上映するので、
長年楽しませてもらっていました。それが、一ヶ月程前に突然の砂嵐
です。聞けば、デジタル放送になったのだとか、ムム、これは
どうしたものか?いずれデンマーク放送もデジタル化になるらしい。
ムムム、ますますもってどうしたものか?
こういう時に北欧はおしなべて情報キャッチが難しいのです。
聞けば教えてくれるけれど、聞かなければ余計なお世話はしてくれない。
知らない内に残る2局も砂嵐…なんていう事態にも成りかねない。
夕食後、タカシさんが退屈そうにたった2つのチャンネルを
代わりばんこに切り替えている様子に、“思い付きのキョーちゃん”は
決心したのでした。
「パラボラを付けよう!スカイチャンネルにしよう!」
かくして、工事人が入り、ヤコブセンの家にもとうとう
丸い円盤が取り付けられてしまいました。どう見ても景観的には美しく
ありません。でも、お陰で一挙に何十という膨大な放送が我が家に迄
流れ込んで来るようになりました。
携帯電話と同様、世間一般の風潮?に乗らず、テレビ無しで暮す、
という選択も有ったのに…。玩具を手に入れたみたいに喜んでいる
タカシさんを横目に、言い出した張本人の私が、これで良かったの
か?と片腹痛いような妙な心境です。
* 家族ってなあに? の巻*
アヤを学校に迎えに行った帰り道の事だった。
「家に寄ってお茶でもいかが?」クリステルの母親、ロージーが私を
誘った。ベランダから庭で遊ぶ娘達を目の隅っこで追いつつ、西日を
受けながらの午後のお茶は楽しい。
ロージーとクリステルは似たもの母娘。顔かたちから歩き方まで実に良く
似ている。でも一番の“そっくりポイント”は二人ともおしゃべりだって
いうこと。小鳥のさえずりのようにおしゃべりする友達にアヤが相槌を打つ。
たまに娘の小さな声が混ざるが、その後はまた小鳥のさえずり…。
母親の私達もそっくり同じ。
彼女がとめどなく話すのを私はもっぱら聞く役。デンマーク語だし、
早口だし…半分は意味不明だが、もともと、私から気の効いた返事を
期待していないから、それで構わないのだった。
ロージーの口癖は「Vide du hvad ?=ねえ、知っている?」
私は決まって「Nej.=知らない。」と答える。そして、
返事を待つまでもなく、ロージーのお喋りが始まるのだった。
その日も時々子供達が手を振るのに答えながら、ちょっとばかり得意
そうな顔で「知っている?」と聞いた。こういう時はたいてい特ダネ情報が
あるのだ。…私が“知らないわ”と答える前に、まあ聞いて、と言う感じで
声を潜めて「やっぱりヤコブの所別れてしまうらしいわ。分らないものねえ、
この間の父兄会には仲良く夫婦で参加していたのに。」これには私も吃驚して、
西日でうっとりしていた気分が一度で覚醒した。
そのひと月程前に運動会の打ち合わせをしたばかり。あの時は二人仲良く
していた。以前から教育熱心な夫婦という印象だった。いつでも二人揃って
行事に参加していたし、運動会の準備の時は、父親が先頭に立って、やれ
ムカデ競争だ、やれ芋虫競争だと言って張り切っていた。
(エピソード:この時、私がパン食い競争を提案したら、パンの美味しい
国デンマークの人々のくせに、こんな楽しい競争を知らないと
言う。それでつい、私にお任せ!と言ってしまった。
アンパンの代わりに、一日掛かりでデニッシュペストリーを
100コくらい焼いた。私はすっかりパン屋さんの匂いに
なって運動会に参加した。今ならこんなバカげた努力は
しない。スーパーで買う!
当時は私も娘に負けずウブでマジな母親だったのだ。)
それが、離婚か。またか、と言う気持と、どうして?という疑問が同時に
わき上がる。
どうしてまた?…お決まりの質問に答える代わりに彼女が続けた。
可哀想にヤコブ、多感期に両親が別れてしまって。これが
デンマークの抱えている問題なの。わかるでしょう?
(うんうん、わかる。大問題だ。)
私のように一人で産んで一人で育てた方がどんなに子供の為か…。
(えっ?!)
クリステルの父親は貴方もご存知の通り、娘の為なら何でもしてくれる。
お互い育児は協力しあっているわ。
(確かに、優しい人です。)
でも、私達は結婚していないし、もちろん一緒に住んだ事も無い。
逆にそうしたらダメになると分っていたのよねえ。(…少ししみじみ)
お互いの生活を尊重しあって来たわけ。
だ、か、ら、(…と、力を込めて)
娘はあんなに屈託無く育ってくれたと思うの。ねえ、そう思わない?
夫婦にならなくても立派に両親にはなれるという事ね。
さもなければ、簡単に途中で別れたりしない覚悟が必要だと思うわ。
(うう〜ん、ノーコメント!)
唸りつつ、しかし、彼女の言葉にうっかり頷いてしまいそうになるのだった。
まあ、デンマークの人達は離婚して、再婚して、また別れて行く内に
子供は社会全体の宝物みたいな気持ちになってきたのではないかなあ?
みんなお互い様だから、血のつながりよりも精神的なつながりを
とても大切にする。離婚がごく普通のことなので、社会的にも
フォローが効いている、というのでしょうか?何か、そう言う意味での
心配が極端に少ない。
学校から戻ったアヤが
「ヤコブ可哀想なの、しょんぼりしていて。だから、みんなで
慰めてあげたよ。元気出せ!って。」
…そう、かわいそうに。早くいつものヤコブになるといいわね。
その翌日
「ヤコブ遅刻して来たから、どうしたのかと思ったら、カウンセラーの
所に行ってお話してきたんだって。すごく元気になっていた。」
…そう、良かったね。
「うん! これからパパが元気になるまで、パパと一緒にカウンセリングを
受けるんだって!」
…あら、まあっ!!
やっぱり当人達もそれなりに悩んでいるんだということが分って、
ちょっとは納得をしたのだった。
テレビをつけるとアフリカの草原が写っていました。
土埃の舞う中で若者が家畜を追っている姿に、なんと世界は
広いものよ、昔ながらの営みが今も何処かで続いているのだねえ…と、
つらつら、ぼんやり見ていました。が、しかし、その青年が
ポケットから携帯らしき物を取り出したのを見てびっくり仰天!
ソファから身を起こし、画面に近付いて確認したかったけれど、
場面は既に変わってしまい未確認です。アレは何か他の物だった
のかも知れない。携帯のような形をした草原生活の必需品だったの
かも知れない。きっと、そうだ!と思う一方で、そんな事(=アフリカ
大草原だからこそ携帯)も大いにあり得ると思ったのです。そして、
かつて瞬く間にコカ・コーラとハンバーガーが広まったように
携帯電話は今や世界中の常識という事なのだ、と思い至ったのでした。
ここで、白状しますが…
私達夫婦は携帯電話を持っていません。
(何故か悪い事をしているみたいに俯いてしまう。)
今迄ずっと携帯無しで暮して来ましたし、これからも多分
持たないまま人生終わらせてしまいそうです。
本日迄の所、それで何とかなっています。
私はもちろん、タカシさんも在宅で仕事をする事が多いし、
デンマークに家族がいるわけでもないし、友人知人への必要連絡は
大旨E-mailでOK.です。
たまに必要に迫られて娘のお下がりを持たされた時は、ポケットに
入っていると思っただけで、緊張してしまい、ただでも性能の悪い
脳ミソがちゃんと働かなくなってしまうような気がする、
とてもアナログ夫婦です。
そんな、我が家にデジタルの波が押し寄せて来ました。
いえね、テレビのお話です。
テレビと言ったところで、もともとデンマーク放送(2局)とスウェーデン
放送(2局)の計4局しか受信出来なかったのですが、それでもう充分。
特にスウェーデン放送は、頻繁にヨーロッパの名画を上映するので、
長年楽しませてもらっていました。それが、一ヶ月程前に突然の砂嵐
です。聞けば、デジタル放送になったのだとか、ムム、これは
どうしたものか?いずれデンマーク放送もデジタル化になるらしい。
ムムム、ますますもってどうしたものか?
こういう時に北欧はおしなべて情報キャッチが難しいのです。
聞けば教えてくれるけれど、聞かなければ余計なお世話はしてくれない。
知らない内に残る2局も砂嵐…なんていう事態にも成りかねない。
夕食後、タカシさんが退屈そうにたった2つのチャンネルを
代わりばんこに切り替えている様子に、“思い付きのキョーちゃん”は
決心したのでした。
「パラボラを付けよう!スカイチャンネルにしよう!」
かくして、工事人が入り、ヤコブセンの家にもとうとう
丸い円盤が取り付けられてしまいました。どう見ても景観的には美しく
ありません。でも、お陰で一挙に何十という膨大な放送が我が家に迄
流れ込んで来るようになりました。
携帯電話と同様、世間一般の風潮?に乗らず、テレビ無しで暮す、
という選択も有ったのに…。玩具を手に入れたみたいに喜んでいる
タカシさんを横目に、言い出した張本人の私が、これで良かったの
か?と片腹痛いような妙な心境です。
* 家族ってなあに? の巻*
アヤを学校に迎えに行った帰り道の事だった。
「家に寄ってお茶でもいかが?」クリステルの母親、ロージーが私を
誘った。ベランダから庭で遊ぶ娘達を目の隅っこで追いつつ、西日を
受けながらの午後のお茶は楽しい。
ロージーとクリステルは似たもの母娘。顔かたちから歩き方まで実に良く
似ている。でも一番の“そっくりポイント”は二人ともおしゃべりだって
いうこと。小鳥のさえずりのようにおしゃべりする友達にアヤが相槌を打つ。
たまに娘の小さな声が混ざるが、その後はまた小鳥のさえずり…。
母親の私達もそっくり同じ。
彼女がとめどなく話すのを私はもっぱら聞く役。デンマーク語だし、
早口だし…半分は意味不明だが、もともと、私から気の効いた返事を
期待していないから、それで構わないのだった。
ロージーの口癖は「Vide du hvad ?=ねえ、知っている?」
私は決まって「Nej.=知らない。」と答える。そして、
返事を待つまでもなく、ロージーのお喋りが始まるのだった。
その日も時々子供達が手を振るのに答えながら、ちょっとばかり得意
そうな顔で「知っている?」と聞いた。こういう時はたいてい特ダネ情報が
あるのだ。…私が“知らないわ”と答える前に、まあ聞いて、と言う感じで
声を潜めて「やっぱりヤコブの所別れてしまうらしいわ。分らないものねえ、
この間の父兄会には仲良く夫婦で参加していたのに。」これには私も吃驚して、
西日でうっとりしていた気分が一度で覚醒した。
そのひと月程前に運動会の打ち合わせをしたばかり。あの時は二人仲良く
していた。以前から教育熱心な夫婦という印象だった。いつでも二人揃って
行事に参加していたし、運動会の準備の時は、父親が先頭に立って、やれ
ムカデ競争だ、やれ芋虫競争だと言って張り切っていた。
(エピソード:この時、私がパン食い競争を提案したら、パンの美味しい
国デンマークの人々のくせに、こんな楽しい競争を知らないと
言う。それでつい、私にお任せ!と言ってしまった。
アンパンの代わりに、一日掛かりでデニッシュペストリーを
100コくらい焼いた。私はすっかりパン屋さんの匂いに
なって運動会に参加した。今ならこんなバカげた努力は
しない。スーパーで買う!
当時は私も娘に負けずウブでマジな母親だったのだ。)
それが、離婚か。またか、と言う気持と、どうして?という疑問が同時に
わき上がる。
どうしてまた?…お決まりの質問に答える代わりに彼女が続けた。
可哀想にヤコブ、多感期に両親が別れてしまって。これが
デンマークの抱えている問題なの。わかるでしょう?
(うんうん、わかる。大問題だ。)
私のように一人で産んで一人で育てた方がどんなに子供の為か…。
(えっ?!)
クリステルの父親は貴方もご存知の通り、娘の為なら何でもしてくれる。
お互い育児は協力しあっているわ。
(確かに、優しい人です。)
でも、私達は結婚していないし、もちろん一緒に住んだ事も無い。
逆にそうしたらダメになると分っていたのよねえ。(…少ししみじみ)
お互いの生活を尊重しあって来たわけ。
だ、か、ら、(…と、力を込めて)
娘はあんなに屈託無く育ってくれたと思うの。ねえ、そう思わない?
夫婦にならなくても立派に両親にはなれるという事ね。
さもなければ、簡単に途中で別れたりしない覚悟が必要だと思うわ。
(うう〜ん、ノーコメント!)
唸りつつ、しかし、彼女の言葉にうっかり頷いてしまいそうになるのだった。
まあ、デンマークの人達は離婚して、再婚して、また別れて行く内に
子供は社会全体の宝物みたいな気持ちになってきたのではないかなあ?
みんなお互い様だから、血のつながりよりも精神的なつながりを
とても大切にする。離婚がごく普通のことなので、社会的にも
フォローが効いている、というのでしょうか?何か、そう言う意味での
心配が極端に少ない。
学校から戻ったアヤが
「ヤコブ可哀想なの、しょんぼりしていて。だから、みんなで
慰めてあげたよ。元気出せ!って。」
…そう、かわいそうに。早くいつものヤコブになるといいわね。
その翌日
「ヤコブ遅刻して来たから、どうしたのかと思ったら、カウンセラーの
所に行ってお話してきたんだって。すごく元気になっていた。」
…そう、良かったね。
「うん! これからパパが元気になるまで、パパと一緒にカウンセリングを
受けるんだって!」
…あら、まあっ!!
やっぱり当人達もそれなりに悩んでいるんだということが分って、
ちょっとは納得をしたのだった。
by sundby
| 2007-11-22 18:06
| 聖アンヌ学校