2007年 02月 06日
初めてのクリスマス 2 |
もぎたて?のクリスマスツリーは新鮮な樹脂の香りを放って、
地下の集会所は爽やかなグリーンノートに包まれた。
住人達がかわるがわる見に来ては枝ぶりを誉めたり、
飾り付けの打ち合わせをしたりしていた。
そんなクリスマス会目前のある日のこと、いつもより早目に
仕事を切り上げたヨアンがやって来た。そして、
今からクリスマスのご馳走用に世界中で一番美味しい
豚肉をまとめて仕入れに行くのだ、とちょっとばかり得意そうに言った。
「そりゃ、一度食べたらその辺のスーパーマーケットの肉なんか
食えなくなる、それくらい美味しい。タカシ達のも買って来るよ。」
と親切な申し出に、食べきれないからと断った。
「了解、その代わりといっては何だが…」と、ヨアンは続けた。
肉を一日だけタカシのベランダに置かせてもらいたい、というのだった。
自分は5階だし、そこへ行くとタカシの所は2階で、肉をさばける
地下室への最短距離だし、おまけに外は零下で冷凍庫並みの寒さだし、
と理由を並べた。そんなことはもとより構わない、と請け負うと、
とても安心した様子でポリスマン ヤンを伴って出かける事になった。
そう言う時のヤンはすっかりヨアンの言いなりになって、嬉しそうに
くっついて歩いている。少しもポリスマンらしくない。どう見ても、
ちんぴらギャングの親分&子分みたい。
車で出かける彼らを見送りながら「たしか、ヤンは豚肉嫌いなはずだけ
どなあ…。」とタカシさんが首を傾げた。あはは、親分に逆らえなかったんだ!
その晩遅く、エッチラオッチラ、運んで来た!来た!来たあー!
それにしてもデッカイ!
これは肉では無くて、ブタそのものじゃない?!
驚く私達におかまい無く、「最高の肉が買えた!」と上機嫌だ。
やっぱり、肉と言うことらしい。聞けば豚肉半身とか…、ナル程、
足もしっかり2本だけ有るのだった。
豚肉嫌いのはずのヤンがドロリと真っ赤なレバーで一杯のバケツを運んできた!
さすがに蓋はしてあったけれど…あれもきっと半豚量だったんだろう。
そして、それら「豚肉」をすべて我が家のベランダに置き終わると、
安心したように引き上げて行ったのだった。
彼らが帰った後、しばらくベランダを眺めていたタカシさんが、何を
考えた付いたのか、引き出しをゴソゴソ出した。そして、靴下を引っ張り
出すとそのままベランダに直行した。
なんだ?どうした?…と、彩を抱えながら彼の後を追う私に
「だって、可哀想でしょう?寒い夜空にトン足2本。風邪引かないよう
に…ってね。」真面目な顔でそう言うと、毛糸のソックスをかぶせた。
その結果、我が家のベランダで白いソックスを履いた何者かが
夜空に向かって逆立ちしている、という怪しい景色が出来上がったのだった。
翌朝のティンガーデンがその話題で大いに盛り上がったのは言うまでも無い。
まあ、そんなこんなで、その翌日にはまたしても大騒ぎで肉を地下に運び込み、
昼間から飲みながらの豚肉分配会が開かれたのだった。大きな包丁片手に半分
酔っぱらっているのだから、なんだかめちゃくちゃだなあ、とハラハラするけれど、
これもクリスマスだからこそはしゃいでいるのだ。そう考えると可愛いものだった。
いよいよ、クリスマス会という週末の昼下がりのこと。
乳母車を地下の集会所に運び込むタカシさんの後ろから彩を抱いて下りて
行くと、待っていました!とばかりに年寄り達に囲まれた。
彩はティンガーデンにおける久々の赤ちゃん誕生というわけで、
まるでアイドル的存在だった。にもかかわらず誰に似たのか?(多分父親)
あまり笑顔を振りまかない愛想の無い赤ん坊で、その日も、構おうとする連中を
やけにシリアスな表情で見回している。
「笑うと愛嬌あって、なんというか、もっと可愛いんです。」
ほら、笑ってごらん。…母親としては娘の一番可愛い所を見てもらえず残念
で仕方がなかった。しかし、案に計らんや、平素 彫の深い顔立ちに金髪の
赤ん坊を見慣れた彼らには、真ん丸な顔にシジミのような黒い瞳、黒髪…
それだけでも「ファンタスティック!」なのだった。
そんな彩がたまに声を立てて笑おうものなら誰もが大喜びしてくれた。
クリスマスの名物焼き菓子「エーブルスキーバー」の香ばしい甘い香りが
漂う中、近所の子供達も混ざってクリスマスオーナメントを作る。
オーナメントの材料もチョコレートやマジパンのお菓子も、ヨアンがこの日の為に
前々から買い整えていたのだ。
クリスマスの曲が流れる中で、大人達が子供相手に飾り付けを教えている。
編み物が得意のムンク夫人はお手製の小さな毛糸のサンタクロースを
いっぱい袋につめて来たし、リスは本物のクッキーオーナメントを焼き
上げて来た。みんなの勝手な思い込みで、枝もたわわになった
ティンガーデンのツリーはとってもステキ。デンマーク版七夕さまの笹飾り!
飾り付けの終わったツリーの周りを皆が手をつなぎながら
回り歌う。いつもはすすけた集会場がキャンドルで輝く。
以前にも見た事の有るような光景だと思ったら、それは図書館で
借りた絵本にそっくりなのだった。
絵本の中では、おばあさんがクリスマス準備をしながら子供達に
いたずら好きのユールニース(=クリスマスの妖精)の話をして聞かせて
いた。今、古いアパートの地下室で皆がツリーを囲んでいる様子が
その絵本の世界と重なって、私は娘の初めてのクリスマスにとても良い時間を
過ごしているなあ、と感じたのだった。
デンマークに来て学んだ12月の上手な暮し方こそが、毎日少しずつ楽しみを
作りながらクリスマスまでの日々を過ごす事だった。そう、ティンガーデンの
連中のように。だけど、二人だけの時には案外良い加減に過ごして来たんだなあ、
とつくづく思った。
子供が生まれて何かが変わった。何がどう変わったのか定かでは無いけれど、
とにかく、これからは毎日がとても大切。今まで以上に何倍も大切!
だから毎日楽しみを作って行かなくては!見つけて行かなくては!と思った。
まずは「デンマークに生まれた娘が幸せな人生を歩みますように。」
私達は買って来たばかりの小さなツリーに向かって願いをかけた。
そして、一足早い初詣みたいだね、と笑った。
1983年
彩の初めてのクリスマスはこうしてつつが無く過ぎて行きました。
by sundby
| 2007-02-06 23:12
| 家族